理事長挨拶

 この度、前田達哉前理事長を引き継ぎ、酵母細胞研究会理事長を拝命いたしました。歴史ある本研究会の運営に携わることには身が引き締まる思いですが、酵母を愛する研究者の交流の場として培われてきた本会の伝統と気風を大切に、今後の酵母研究のため微力ながら力を尽くしたいと考えております。

 紀元前数千年に始まると言われている酵母を利用した発酵は、我が国の食品産業が得意とする分野であり、その産物は今なお我々の食卓に彩りを与えてくれています。また、当研究会第 6 代会長を務められた大隅良典先生のオートファジーに関する研究を例に挙げるまでもなく、20 世紀後半の基礎科学の花形分野であった分子細胞生物学において、モデル生物としての酵母を用いた分子レベルの研究が果たしてきた役割は大きいものでした。今世紀になり、生体内の分子を網羅的に調べることができるオミックス技術が利用可能になったことで、酵母に関する基礎研究と応用研究の垣根が無くなり、発酵中の酵母の代謝状態の変化や醸造酵母の進化過程など、興味深い知見が蓄積されつつあります。さらには、近年酵母を対象とした基礎研究が、従来の実験室における細胞生物学の枠を越えて、系統進化学、生態学分野にも展開されています。また、新しい生物機能の賦与を目指す、合成生物学や代謝工学で、酵母はもっともよく使われている真核生物です。これらの最新研究が示すように、人類の身近な生物種である酵母を対象とした研究が、今後も基礎と応用の両面で生物科学を牽引していくことは確実だと思われます。伝統的に自由な雰囲気で交流が行われてきた酵母コミュニティーのさらなる発展のため、本研究会では今後も学術交流、産官学の連携のための情報交換の場を提供していきたいと考えています。

 一方で、我が国の基礎科学に関しては、若手研究者の常勤ポジションの減少など、あまり明るい話題が聞かれません。本研究会では、第 11 代会長を務められた故地神芳文先生のご遺族からのご寄付を基金とした若手生物科学研究者支援のための研究助成を始めとして、今後も次世代への継承に視点を置いた活動を進めていく所存です。会員の皆様そして本研究会の方針に賛同してくださる方々の一層のご支援と活動へのご参加をお願いいたします。

2020 年 2 月

特定非営利活動法人酵母細胞研究会
理事長 松浦 彰