第 172 回例会講演要旨

表層提示酵母によるバイオエタノールおよびバイオディーゼル燃料生産

福田 秀樹
神戸大学大学院自然科学研究科

 近年、地球温暖化や環境汚染の防止のため、石油や石炭などの化石原料に代わってバイオマス資源を原料とした有用物質生産が注目されている。ここでは、酵母の細胞表層に目的酵素を提示させた“表層提示酵母”を生体触媒としたバイオエタノールおよびバイオディーゼル燃料の効率的生産技術について説明する。細胞表層(細胞壁、細胞膜)は細胞の構造や形態を維持し、細胞や外界との隔離をするだけでなく、物質の認識やシグナルの伝達、酵素反応などの場として重要な役割を果たしている。この細胞表層のタンパク質と種々の機能性タンパク質やペプチドを融合させ、細胞表層にディスプレイさせることにより、新しい機能を持った細胞を創製することができるので、細胞表層工学として積極的な研究がなされている。種々の酵素を各種細胞の表層に提示させることにより、従来にない新たな機能を有することができるので、バイオマスから有用物質を生産する高機能生体触媒としての応用が期待できる。

【デンプン、セルロースからのバイオエタノール】

 糸状菌 Rhizopus oryzae 由来のグルコアミラーゼおよび Streptococcus vobis 148 由来のα-アミラーゼを凝集性酵母 Saccharomyces cerevisiae YF207 の細胞表層にディスプレイさせた表層提示酵母によるデンプン質原料からのエタノール生産を行った。なお、アンカータンパク質としてα-アミラーゼでは Flo1p、グルコアミラーゼに対してはα-アグルチニンを使用した。酵母は原料の生デンプンを利用して迅速に生育し、初期菌体濃度が 50 g-wet/L の場合、エタノール濃度は 90 g/L(130 h)以上に達した。また、この酵母菌体は長時間にわたるデンプンからのエタノール発酵にも安定に繰り返し利用できた。

 次に、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、β-グルコシダーゼの 3 種類のセルラーゼ酵素をα-アグルチニンを用いて表層提示した酵母を用いて、リン酸膨潤セルロースを原料とし醗酵させた場合、40 h で約 3.0 g/L のエタノールを生産した1)。さらに、キシロースの代謝に関与するキシロースリダクターゼ、キシリトールデハイドロゲナーゼ、キシュルロキナーゼの酵素を酵母内部に、セロオリゴ糖分解用のβ-グルコシダーゼを表層提示させた場合、キシロースも効率よく分解され、エタノール収率が向上した2)

【油脂類からのバイオディーゼル燃料】

 Rhizopus oryzae 由来のリパーゼ酵素を酵母細胞表層に提示するために、2 種類の Flo1p アンカータンパク質を用いた。表層提示していない酵母では、ほとんどメチルエステル(ME)は生産されないが、FSProROL および PLProROL のいずれの場合も 72 h で約 75-80% の ME が生産された。一方、α-アグルチニンをアンカータンパク質として使用した場合、リパーゼ活性は Flo1p に比べ極めて低いことが確認された。このことより、ROL のように C-末端側にリパーゼの活性部位が存在する場合、リパーゼ遺伝子を N-末端側でアンカータンパク質と結合させた方が高活性の得られることが明らかとなった3)

参考文献

1) Fujita, Y. et al., Appl. Environ. Microbiol., 70, 1207-1212 (2004).

2) Katahira, S. et al., Appl. Environ. Microbiol., 70, 5407-5414 (2004).

3) Matsumoto, T., et al., Appl. Environ. Microbiol., 68, 4517-4522 (2002).


遺伝子組換え酵母による乳酸生産技術の開発

大西 徹
トヨタ自動車株式会社・バイオ・緑化事業部・バイオプラスチック事業室

 植物由来のプラスチックであるポリ乳酸は、CO2循環型社会に貢献できる材料として大きく注目されている。ポリ乳酸は、植物由来の糖などを原料として、乳酸発酵により生産される L-乳酸を重合して得られるポリマーである。しかしポリ乳酸は、耐熱性・耐衝撃性などの物性の問題を始め、コスト面での課題も多く、幅広く普及するに至っていない。

我々は、これらの課題を解決するため、遺伝子組換え酵母を用いた新しい乳酸生産技術を開発中である。本演題では、乳酸生産技術の現状と我々が実施している乳酸生産酵母の育種について紹介したい。


メタボローム・トランスクリプトーム解析を活用した亜硫酸高生産下面発酵酵母の育種

吉田聡
キリンビール(株)フロンティア技術研究所

 ビールに含まれる硫黄系化合物は香味に大きな影響を与えることが知られている。その中の 1 つである亜硫酸は高い抗酸化作用を持ち、鮮度の維持に重要な役割を果たしているため、一定量以上含まれていることが望まれる。一方、同じく含硫化合物の 1 つである硫化水素は腐った卵様の臭いを有し、ビール醸造においては商品のオフフレーバーの原因となるだけでなく、その他のオフフレーバー原因物質の前駆体となる場合があるため、酵母の硫化水素生産能は低い方が望ましい。しかし、これら 2 つの物質は硫酸イオンからメチオニンを合成する同一代謝経路上に位置することもあり、一方の増減に伴い、他方も連動して増減するという問題がある。そこで、我々は酵母の遺伝子発現、代謝物を網羅的に解析し、細胞内の代謝の流れを調査した結果を基に代謝フラックスの改変を行い、亜硫酸生産量を増加させ、硫化水素生産量を減少させることを試みた。遺伝子発現の網羅的解析法として下面発酵酵母用 DNA マイクロアレイを用い、代謝物の分析に関しては GC、HPLC、CE-MS を用いた。下面発酵酵母は亜硫酸・硫化水素を蓄積するが、パン酵母は蓄積しない。この原因を遺伝子発現レベル、及び代謝物レベルで比較した。マイクロアレイ解析から HOM3 などにおいて両酵母間で発現に違いが見られた。また、細胞に必須なアミノ酸であるメチオニンは、硫酸イオンからの還元によって作られる硫化水素とアスパラギン酸から作られる O-アセチルホモセリン(OAH)から合成されるホモシステインを経て作られるが、メタボローム解析から下面発酵酵母ではパン酵母に比べて細胞内の OAH 量が極めて少ないということがわかった。その結果、OAH 量が原因で下面発酵酵母では亜硫酸・硫化水素が蓄積しており、OAH が亜硫酸・硫化水素生産量の律速因子であることが示唆された。このことは下面発酵酵母で OAH 量を増やすためにホモセリン合成系の遺伝子を過剰発現させると硫化水素がほとんど発生しなくなること、パン酵母でスレオニンを添加すると OAH 量が減少し、亜硫酸・硫化水素生産量が増加するようになることから検証された。さらに、我々はこれらの知見を基に、アスパラギン酸から OAH への代謝流量を増大させ、同時に硫酸イオンから亜硫酸への還元経路の代謝流量を増加させることによる、高亜硫酸・低硫化水素生産性株の育種を試みた。その結果、下面発酵酵母で HOM3 遺伝子と MET14 遺伝子を同時に過剰発現させると、亜硫酸高生産・硫化水素低生産性になることがわかった。さらに、実生産への使用を考慮し、同様の代謝流量の増加を 2 種類のアミノ酸アナログに対する耐性変異株を取得することで試み、硫化水素生産量を増加させずに、亜硫酸生産量が増加した株を取得することに成功した。本手法により別の醸造用酵母においても、硫化水素生産量を増やさずに亜硫酸生産量が増えた株を取得することに成功しており、2 つの経路の代謝フラックスを制御することによる本育種法のコンセプトが酵母種によらず普遍的であることが示された。


GPI アンカー型タンパク質の生合成機構とその役割

横尾 岳彦
産総研・糖鎖センター

 タンパク質の翻訳後修飾のタイプの一つに、グリコシルフォスファチジルイノシトール(GPI)という糖脂質の一種による修飾がある。細胞表層に存在するタンパク質のうちの一部は、GPI によって細胞膜に繋ぎ留められている。GPI があたかも錨のように作用することから、このようなタンパク質は GPI アンカー型タンパク質と呼ばれる。細胞膜は、均一な構造をしているわけでは決してなく、物性の異なる微小な領域がパッチ状に存在していることが最近わかってきた。このような領域はマイクロドメインあるいは脂質ラフトと呼ばれ、GPI アンカー型タンパク質はステロールやスフィンゴ脂質とともに、マイクロドメインを形成するものの一つである。このようなマイクロドメインは、シグナル伝達等に重要な役割を果たしている。酵母細胞の場合、GPI アンカー型タンパク質は、細胞膜のみならず、その外側の細胞壁にも存在している。これらは、細胞壁の構成要素として物理的強度を維持する役割をしていると考えられる。また、細胞表層で細胞壁の再構成を担う酵素群は GPI アンカー型タンパク質であるものが多い。GPI 合成系の初期のステップの変異は、酵母の場合、増殖に重篤な影響を及ぼす。

 GPI の合成は小胞体(ER)で始まる。リン脂質フォスファチジルイノシトール(PI)にグルコサミン、マンノース、エタノールアミンリン酸、アシル基などが順番に付加し、完全前駆体(complete precursor)が形成される。完全前駆体は、トランスアミダーゼ複合体によってポリペプチドの C 端に転移される。その後、脱アシル化がおこり、さらに、脂質部分の変換が行われる。PI の sn-2 位に付加している脂肪酸の多くは不飽和結合を持ったものであるが、これが飽和型の脂肪酸に置き換えられる。酵母の場合、その後さらに、グリセロリン脂質がセラミドに変換されることがある。このような脂質部分の変換は、脂質リモデリングと呼ばれ、GPI アンカー型タンパク質の合成過程における特徴的な点の一つである。

 私たちの研究チームでは、主に酵母細胞を材料として、GPI アンカー型タンパク質の生合成過程に関する研究を行ってきた。近年は特に、GPI アンカー型タンパク質とマイクロドメイン形成との関連や、その品質管理機構に注目している。GPI へのアシル基転移酵素をコードする遺伝子 GWT1 の機能解析を行っている際、この遺伝子の変異株において、トリプトファン輸送体 Tat2p およびウラシル輸送体 Fur4p の局在が異常になっていることを見出した。局在異常の原因は、GPI 合成が異常になると、これらがマイクロドメインに取り込まれないためであった。このことより、特定の膜タンパク質のマイクロドメインを介した輸送や局在化に、GPI アンカー型タンパク質が重要な役割を果たしていることがわかった。

 アシル基の除去が GPI アンカー型タンパク質の品質管理機構に関与している可能性を探るため、小胞体内において正しい立体構造をとることができないミスフォールド GPI アンカー型タンパク質 Gas1*p を作製した。Gas1*p はプロテアソームによって分解され、また、GPI のアシル基除去酵素をコードする BST1 遺伝子の変異により、その分解は遅くなった。これにより、BST1 が GPI アンカー型タンパク質の ER における品質管理の鍵を握っていることが明らかになった。また、他のミスフォールドタンパク質 CPY* と挙動を比較することなどにより、GPI アンカー型タンパク質に特異的な小胞体関連タンパク質分解系の存在が示唆された。

 BST1 の近傍で機能する遺伝子を検索することにより、PER1 が得られた。Per1p は ER に局在し、per1 破壊株では GPI アンカー型タンパク質特異的な輸送と成熟の阻害がみられた。生化学的な解析により、PER1 遺伝子は脂質リモデリングの最初のステップである、フォスフォリパーゼ A2 による sn-2 位の不飽和脂肪酸の除去に関与することを見出した。さらに、この遺伝子の変異により、GPI アンカー型タンパク質がマイクロドメインに取り込まれなくなることを明らかにした。PER1 には哺乳類にも相同遺伝子があり、ヒト PERLD1 遺伝子は、per1 遺伝子破壊株の表現型を相補した。GPI アンカー型タンパク質の脂質リモデリングの生理的役割について、哺乳類における知見も交えつつ、最新の仮説を紹介する。


dikaryonとしての分裂酵母

○岡崎 孝映、丹羽 修身
かずさ DNA 研究所

 酵母という言葉は分類上の一群を指すものではなく、子嚢菌または担子菌が単細胞として増殖している状態を指している。Saccharomyces のように生活環を通じて酵母として増殖・生殖するものもあるが、Ustilago(黒穂菌属)やTremella(シロキクラゲ属)のように半数体では酵母として増殖しても接合後は菌糸成長するものもある。これらは接合後 diploid になるのではなく、二つの haploid 核が一つの細胞に共存する dikaryon として菌糸成長する。核融合は減数分裂直前まで猶予される。子嚢菌・担子菌全体からすると Saccharomyces のように接合と同時に核融合して diploid として増殖するものはむしろ例外的で、接合後は dikaryon(または haploid 核の多核細胞)として成長するのが普通である。分裂酵母 Schizosaccharomyces pombe は、子嚢菌と担子菌とが分岐した時代に非常に近い時代に分かれた Archiascomycetes 綱と呼ばれたグループに属する。そのグループは今は Taphrinomycotina 亜門に再編され、Taphrina(サクラ天狗巣病菌など)に代表される。Taphrina も haploid では酵母であるが接合後は dikaryon 菌糸として植物感染している。そのような系統分類の視点からすれば分裂酵母は dikaryon の生活相をもつものから進化(退化)したという見方もできる。

 我々は分裂酵母も dikaryon として分裂増殖できることを見いだした。Septation initiation network の一過的阻害で 2 核となった細胞を増殖サイクルに戻すと 2 核細胞のままで増殖を続けた。一般に増殖中の dikaryon の 2 核は互いに近接して存在するが、この核の接近は dikaryon の分裂に重要を考えられてきた。我々は分裂酵母 dikaryon で 2 核が近接するのに必要な遺伝子を見出した。その遺伝子を破壊すると、離れた 2 箇所で核分裂と細胞質分裂が起こり、2 つの 1 核細胞と 1 つの 2 核細胞を生じる。分裂酵母 dikaryon の核 A、核 B が分裂するとき娘核は最初 A、A、B、B と細胞長軸に沿って並ぶが、anaphase B の途中で A、B、A、B の順に入れ替わる。この入れ替わりは dikaryon が両接合型に由来する 2 核を分裂の過程で維持する上で重要である。入れ替わりに必要な遺伝子はまだ見出せていないが、入れ替わりのタイミングを制御する機構は分かってきた。分裂酵母を dikaryon として研究することで、他の菌類では難しかった dikaryon の分裂機構の解析が容易になったことに加え、これまで 1 核細胞としてしか扱われなかった場合には見えなかった新たな分裂酵母の細胞機能が見えてきている。


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