第 173 回例会講演要旨

栄養源に応答した TOR キナーゼによるリボソーム合成制御

丑丸 敬史
静岡大学理学部

 リボソームはタンパク質を合成する巨大な複合体である。その合成には多大なエネルギーを消費し、細胞が栄養源飢餓になると即時的にこの合成を停止する。この停止過程を制御しているのが、老化・寿命、癌、肥満に深く関与するプロテインキナーゼ TOR(target of rapamycin)である。TORの阻害剤ラパマイシンは免疫抑制剤や抗腫瘍剤として臨床検査が進んでいるが、正常細胞に及ぼす副作用はまだ不明である。酵母での TOR 研究は進んでおり、それに関して重要な知見を与えている。

 TOR は栄養源の有無に応答して、リボソーム合成を rRNA 及びリボソームタンパク質(RP)の転写レベルで制御している。最近我々は、リボソーム成熟の後期過程であるところの、リボソーム前駆体が核小体から核質へ移行するステップが TOR により制御されている事を見出した。GTP 結合タンパク質である Nog1 がその制御を仲介する因子であった。リボソーム組立てに必要なタンパク質の一つである Nop1 が核小体でのリボソーム成熟にのみ必要であるのに対して、Nog1 は核小体及び核質でのリボソーム成熟のいずれにも必要であった。通常条件下で Nog1 は核小体と核質をシャトルしており、Nog1 は核全体に局在する。Nog1 は核膜孔でリボソ−ム前駆体を細胞質に送り出すと、空荷になって再度核小体に戻ると考えられる。

 我々は、ラパマイシン処理で Nog1 が核小体に蓄積することを見出した。この現象は、TOR が不活性化する炭素源飢餓、窒素源飢餓ストレスにおいても見られたため、我々は STING(starvation-induced Nog1 entrapment in the nucleolus)と名付けた。つまり、TOR は栄養源に応答して STING の実行と維持を制御していることが明らかになった。Nog1 を精製すると、多数の 60S RP と pre-RP が共精製されてきたが、ラパマイシン処理後もこれらのタンパク質は同様に共精製された。これは、STING が Nog1 とこれらの 60S RP と pre-RP を抱え込んだまま核小体に繋ぎ止められることを意味する。逆に言えば、TOR の活性が、リボソーム前駆体が核小体から核質に遊離するステップに必要であるということになる。Nog1 の「コア」複合体(Nogsome と呼ぶ)因子を同定し、その局在を調べたところ Nog1 と同様な局在変化を示した。

 このように、Nog1/Nogsome は TOR の支配下で栄養源の有無に応じてリボソームの成熟過程を制御する重要な因子であることが明らかとなった。


醸造微生物のメタボロミクス

堤 浩子
月桂冠 総合研究所

 清酒とは,米を原料とした場合の麹菌と清酒酵母の代謝産物と言える.これらの微生物の代謝を研究することにより,その複雑な発酵過程をひもとき,より優れた清酒を造るための育種技術や醸造技術の開発がなされている.一方,ポストゲノム解析の一つである「メタボロミクス」は,細胞内代謝物を網羅的に解析する方法として注目されている.このメタボロミクスを醸造微生物に応用することにより,醸造過程における細胞内代謝を解析し,醸造特性に関与する新しい代謝機構を解明することが期待できる.

清酒酵母のメタボロミクス

 清酒酵母は,アルコールはもとより清酒の香味を左右する香気成分や有機酸の大部分を生成する.清酒酵母は低温増殖性,アルコール高生産性などの他の酵母にはない固有の特性を有し,清酒醸造に高い適性を持つ酵母といえる.また,同じ清酒酵母であっても,きょうかい酵母(7 号・9 号・10 号)など,使用する酵母菌株によって清酒の味わいは大きく変化する.このような清酒酵母の特性を明らかにするために,代謝物の変化を捉え,酵母の代謝活動を直接解析することが有効であると考えた.そこで,清酒酵母(K7, K9, K10)と実験室酵母 X2180(2n)の細胞内代謝を比較した.

 各酵母を YPD 培地で,各種培養方法(振とう培養,静置培養)と培養温度(30℃,15℃)で培養し Late log と Stationary phase でサンプリングし,溶媒抽出,誘導体化処理を行った後 GC/MS 分析に供した.得られた全代謝物データを数値化し PCA(主成分分析)行った結果,細胞内の代謝物の差異は,酵母間よりも培養方法の違いによる影響が大きかった.しかしながら,15℃ 静置培養では実験室酵母,清酒酵母とのプロファイルが大きく異なり,加えて「きょうかい酵母」間でもプロファイルの判別は可能であった.このプロファイルの違いは糖やアミノ酸の代謝物含量が異なり,この代謝物の違いが「清酒酵母の特性」に大きく寄与していると推察している.

麹菌のメタボロミクス

 麹菌 Asperugillus oryzae は,清酒醸造において原料の分解に必要な酵素を生産するだけでなく,ビタミンやペプチドなどの低分子成分も生産する.また,これら麹菌の物質生産は,培養方法によっても大きく異なることが知られている.ゲノム情報からは多種多様な物質を生産することが予想される麹菌だが,構造が明らかになった代謝物はそれほど多くはない.そこで代謝物を網羅的に測定するために,フーリエ変換イオンサイクロトロン型質量分離装置(FT-ICR MS)を用い分析を行った.麹菌を液体培養・固体培養で培養し,FT-ICR MS 解析し,主成分分析を行った.その結果,培養特異的に生産される物質が抽出され,培養方法の違いにより糖の代謝に違いが観察された.

 今後は,マイクロアレイ解析やプロテオーム解析など他のポストゲノム解析と組み合わせることにより,麹菌の細胞内代謝機構の解明に有効な知見が得られると期待される.

 なお,本研究は大阪大学大学院工学研究科・福崎教授との共同研究で行われた.


下面ビール酵母のゲノム解析 −ゲノム解読から見出された染色体構造の多様性

尾形智夫
アサヒビール(株)酒類研究所

【目的】

 下面ビール酵母の菌株の多様性は、ゲノム配列の多様性によると考えられる。しかし、下面ビール酵母のゲノム配列は公開されておらず、菌株間の多様性をゲノム配列から明らかにすることはできなかった。

【方法と結果】

(1) 下面ビール酵母のゲノムをパルスフィールド電気泳動で分離し、サザンハブリダイゼーションをおこなったところ、S. cerevisiae と構造的に異なる S. bayanus に特徴的な構造であるゲノムが、下面ビール酵母にも認められたことより、下面ビール酵母は、S. cerevisiaeS. bayanus の交雑体であることがわかった。

(2) 下面ビール酵母のコスミド及びプラスミドライブラリーを作製し、その末端配列の解読をおこなった。総解読量は、約 230Mb で、得られたコンティグの総延長は約 23Mb となった。下面ビール酵母のゲノム配列には、実験室酵母(S. cerevisiae)とほとんど同じ配列である SC 型ゲノムと、類縁菌である S. bayanus に配列が類似している SB 型ゲノムが存在していた。

(3) 両型の配列が組み換わったキメラ構造であるゲノムの存在も確認された。この一つである第 X 染色体のキメラ構造になっている領域は、hetergenous になっているおり、その染色体の保持するパターンは、ビール酵母菌株間で差異があることが見出された。両型の組み換わった領域の配列は、ビール酵母菌株間で保存されており、現存する下面ビール酵母菌株で共通な祖先株の存在が予想された。

(4) 決定した下面ビール酵母ゲノム配列をもとに、下面ビール酵母特異的なゲノム解析用の DNA マイクロアレイ及び、下面ビール酵母特異的な遺伝子発現解析用の DNA マイクロアレイを作成し、各下面ビール酵母菌株の解析をおこなった。その結果、各下面ビール酵母菌株では、ゲノムのコピー数が異なる多型が認められ、各ゲノム上の遺伝子発現は、各ゲノムのコピー数に関係していることがわかった。

(5) 下面ビール酵母の SC 型第 VIII 染色体右腕末端には、酵母凝集性に関与する Lg-FLO1 遺伝子が座乗していた。これは、全ゲノム解読された実験室酵母 S. cerevisiae S288C 株では、FLO5 遺伝子が座礁している位置であった。この遺伝子の発現は窒素飢餓条件下で誘導された。下面ビール酵母の凝集性も窒素飢餓条件下で誘導されたことより、本遺伝子の誘導が関与しているものと考えられる。

【結論】

 下面ビール酵母のゲノム解析をおこなうことで、各酵母菌株で、ゲノムの消失、コピー数の変化等の多様性を見せていることがわかった。これらのゲノム構造の多様性が、各酵母菌株の醸造特性の多様性に関係していると思われる。


微生物産物からの深在性真菌治療薬の研究開発

藤江 昭彦
アステラス製薬株式会社 醗酵研究所

 深在性真菌症は、血液を含む体内各臓器に CandidaAspergillusCryptococcus などの真菌が感染することによって生じる疾患である。近年、臨床において、この深在性真菌症の増加と重篤化が大きな問題になってきている。この原因として、白血病、悪性リンパ腫、免疫不全、AIDS 患者(HIV 感染者)の増加、抗癌剤使用による免疫能低下、臓器移植における免疫抑制剤の使用などが指摘されている。

 研究開始当時(1989 年)、深在性真菌症の治療薬として認可されていたのは、amphotericinB、5-fluorocytosine(5-FC)、アゾール系化合物のmiconazole(MCZ)、fluconazole(FCZ)、itraconazole(ITZ)の 5 薬剤であり薬効面や副作用面から医療ニーズを満たせる新しい薬剤の出現が強く望まれていた(2007 年 4 月時点で voriconazole(VRCZ)と ambisome(amphotericinリポソーム製剤)が加わったのみ)。

 抗真菌剤の開発が難しい点は真菌と動物細胞が同じ真核細胞であり、その構成成分や機能面で共通部分が多く、選択毒性の期待される作用部位が限られる点にある。唯一、真菌細胞と動物細胞との大きな相違点は、細胞壁の有無にある。真菌細胞壁は主として(1,3-β-結合および 1,6-β-結合)からなるグルカン、キチン、マンナンの 3 種類の多糖類から構成され、それらが網目構造を形成して物理的強度や物質輸送に深く関与している。これらの成分組成比は菌の種類や二形成を示す菌の形態によって異なるが、病原性酵母 Candida albicans においては 1,3-β-グルカンが細胞壁の骨格の主要成分と考えられ、1,3-β-グルカン合成酵素によって合成されることが知られている。

 我々は、細胞壁合成系が抗真菌剤のターゲットになると考え、プロトプラストを用いた in vitro 抗真菌活性とマウス消化管感染モデルの評価系を組み合わせ微生物代謝産物からスクリーニングを行った。その結果、土壌から分離した真菌 Coleophoma empetri の培養液から echinocandin 様リポペプチドである WF11899A,B,C 物質群を単離した。これらは動物モデルで強い感染防御活性を示し、他の類縁化合物にはない水に対する優れた溶解性を示したので、開発候補品として大きな期待がもたれた。しかし、同時に強い溶血活性を併せ持つことが判明したため開発が困難となった。そこで、溶血活性に関係していると推察されるアシル側鎖を変換し、原体の FR901379(WF11899A)から新たに FR131535 を合成した。この変換により in vivo の活性は保持したまま溶血活性のみを 30 倍以上改善させることに成功した。

 さらに、この研究に加え FR901379 誘導体研究支援のためのスクリーニングを計画した。この系では、1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性を指標に FR901379 を超える活性をもつ物質の発見を狙うことを考えた。しかし、1990 年当時のグルカン合成酵素に関する情報は少なく、わずかに (1) 細胞膜結合性の膜酵素、(2) GTP 依存性の酵素活性であることが分かっている程度であった。従って、報告されている活性測定法の感度も低く、その測定法をスクリーニングに応用するのは困難と思われたが、幸いにも FR131535 の作用機序研究の過程で高感度な 1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性測定法を構築することができた。この測定法を利用して微生物産物からスクリーニングを行い、FR901379 より強力な 1,3-β-グルカン合成酵素阻害活性とマウス感染防御効果をもつ FR901469 物質を発見した。

 これら二つスクリーニング系で発見した化合物より最適化研究を行い、最終的に前者の誘導体研究から FR131535 の薬効を強めた FK463(一般名:ミカファンギン、商品名:ファンガード)の創出に成功した。ミカファンギンは、2002 年 12 月に世界に先駆け日本で、2005 年 5 月には米国においても発売が開始され、2006 年 4 月にはヨーロッパで承認申請が行われた。ミカファンギンは国内においては発売後今年で 5 年目を迎え、臨床の現場においては優れた有効性と安全性の高い薬剤として、深在性真菌症治療薬におけるシェア No.1 の座を確保している。


酵母細胞壁βグルカンに対する宿主応答

大野尚仁
東京薬科大学薬学部免疫学教室

 酵母は常在菌叢として宿主と共存し,発酵を通じて様々な角度から食効を発揮している.一方で病原性真菌も存在する.ベータグルカン(BG)は酵母細胞壁の主要構成多糖であり,様々な機能を有している.我々は,宿主の BG に対する応答について解析するため,主に Candida albicans を用いて検討してきた.本発表では,以下の観点から話題提供したい.

1) BG の調整と基本構造:酵母細胞壁は不溶性構築物であるが,生物活性評価のためには可溶化 BG が必要である.我々は C. albicans 菌体をジ亜塩素酸酸化によって部分的に分解し不溶性の細胞壁 BG 画分 OX-CA を調整し,さらに DMSO を用いて可溶性 BG 画分 CSBG を調整し,様々な機能解析に用いている.

2) 高次構造と活性:可溶性の BG は一重螺旋,三重螺旋,ならびにランダムコイル状の高次構造をとる.高次構造と活性との関係を比較検討したところ,カブトガニ凝固系,ヒト末梢血白血球のサイトカイン産生,マウス腹腔マクロファージの酸化窒素産生など in vivo, in vitro で宿主の様々な活性が高次構造依存性を示すことがわかった.また,可溶性ならびに不溶性の BG の活性を比較した結果,活性酸素産生,ヒト末梢血単核球のサイトカイン産生などでも高次構造依存性を示した. BG に対する応答性と総称できない複雑さがある.

3) BG のモデル動物での活性評価:BG は様々な免疫賦活作用を示すことが知られている.抗腫瘍効果,感染防御に関わるアジュバント効果などの有益な作用と喘息モデル,リウマチモデルや内因性敗血症ショックモデルの増悪など有害作用を併せ持っている.また,蓄積性も高く,動物モデルでは数ヶ月以上に渡って持続的に活性を発現する.宿主は BG に特徴的な応答をしている.

4) 作用機構:BG 受容体として,lactosylceramide, comprement receptor type-3 (CR3), dectin-1 が知られている.受容体との結合様式,サイトカインと発現制御,KO マウスでの成績などの解明が進んでいる.一方,ヒトや動物は,抗 BG 抗体を有し,疾病によって力価が変動することが明らかになってきた.特異的受容体を介した自然免疫と抗体を介した獲得免疫の両面で宿主は BG に応答している.

 本講演で紹介する実験モデルやヒトで得られた結果は酵母の食効の更なる開発と,疾病の予知・診断・治療において有用な知見となるであろう.病原性真菌ならびに菌体成分の研究はゆっくりと進展してきた.最近では真菌ゲノム解析の進歩などの様々な要因から真菌ならびに成分関連の研究は急速に進歩している.この流れに乗って,今後もさらに多くの研究が展開されることを期待したい.

参考文献

  1. 大野尚仁,βグルカンの生体防御系修飾作用,日本細菌学雑誌,55,527-537, 2000
  2. 大野尚仁,真菌β-1,3-グルカン類の構造と宿主応答性,ドージンニュース:114号, 2005
  3. 安達禎之,大野尚仁,真菌多糖の免疫系による認識とその活性化作用,日本医真菌学会誌,47, 185-194, 2006
  4. 加藤雄也,安達禎之,大野尚仁,TLR 以外のパターン認識レセプターとその役割,Dectin-1 の真菌認識と自然免疫応答における役割,臨床免疫 45-3, 2006
  5. Saijo S, et.al., Dectin-1 is required for host defense against Pneumocystis carinii but not against Candida albicans. Nat Immunol. 2007 Jan; 8(1): 39-46.
  6. Harada T, et al., Mechanism of enhanced hematopoietic response by soluble beta-glucan SCG in cyclophosphamide-treated mice. Microbiol Immunol. 2006; 50(9): 687-700.
  7. Hida S, et al., Effect of Candida albicans cell wall glucan as adjuvant for induction of autoimmune arthritis in mice. J Autoimmun. 2005 Sep; 25(2): 93-101.
  8. Nameda S, et al., Effect of nitric oxide on beta-glucan/indomethacin-induced septic shock. Biol Pharm Bull. 2005 Jul; 28(7): 1254-8.

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