第 176 回例会講演要旨

高温エタノール発酵ができる酵母 Kluyveromyces marxianus の技と力

赤田倫治
山口大学・工学部

【背景】

 日本ではエタノール車を見かけることはないが,世界ではエタノール燃料はどんどん市場を拡大しつつある。アメリカではトウモロコシからのエタノール生産が急激に上昇し,食糧との競合で批判を浴びてはいるが,巨大な車社会を維持するためにはしかたがないのかもしれない。資源のない日本でどのように将来の液体燃料を供給していくかを真剣に考える必要がある。

 発酵産業の盛んな日本において酵母のエタノール発酵の研究は産業界で長く続けられているものの,燃料用エタノールに真剣に取り組んでいるのはつい最近かもしれない。飲料用ではなく,燃料用となると,低コストで巨大な生産量を求める「効率」が重要となる。高温で発酵ができれば冷却コストが削減されるし,酵素反応にも都合がよい。

 そこで,耐熱性酵母を探していたら,タイで取得された Kluyveromyces marxianus が驚くほどの能力を持っていた。48℃でも増殖するこの株の高温増殖能力は,他の K. marxianus のどの株より優秀であり,エタノール発酵においてもブラジルの S. cerevisiae 株と遜色がない。高温発酵技術を開拓するに魅力的な酵母である。

 それだけではない。遺伝子操作系の開発のために URA3 遺伝子による形質転換系を準備していたところ, S. cerevisiaeURA3 断片が簡単に,高頻度で,染色体上にランダムに挿入された。S. cerevisiae の相同組換えが常識の世界で育った私には,非常識な遺伝子操作法となる。こうなると,プラスミドなどいらないので,PCR による断片作成で,なんでも遺伝子導入できることになる。

 まだまだ,酵母は奥が深いと感じさせてくれるK. marxianus の力と技を紹介したい。


葉面常在性酵母による生分解性プラスチックの分解

北本宏子
(独)農業環境技術研究所

 農林業や土木用の資材など、自然環境中で使用したプラスチック製品は回収に要する労力が大きく、土壌中に埋設されたものでは、回収が困難である。こういった用途に、使用中は普通のプラスチックと同様に使えて、使用後は自然の微生物が分解できる「生分解性プラスチック(生プラ)」の利用が勧められている。生分解性プラスチックは微生物が分解するので、分解速度は、プラスチックの化学構造と、環境条件(水分、温度、栄養分)により異なる。雑草防除や地温と土壌水分の維持などのために畑の表面を覆うフィルム(マルチフィルム)は、生分解性の製品が実用化されているが、冬は低温と乾燥で分解微生物の活動が鈍るため、秋作に使ったフィルムが春になっても畑に残ってしまう場合がある。農家に生プラ製品を使ってもらうためには、使用している間の耐久性と、使用後速やかに分解する技術が必要で、分解微生物の活用が期待される。

 いままで、多くの研究者が土壌から生プラ分解菌の分離を試みてきた。しかし、固体の生プラを分解できる菌の分離効率は非常に低く、強力な分解菌を得るために多くの労力が払われていた。私たちは、自然界で生プラに似た化学構造を探した結果、農業分野でよく使われる脂肪族エステル系の生プラと、植物の表面を覆うクチクラ層(クチンという脂肪酸エステル構造物)が似ていることに着目した。イネの葉や籾から容易に生プラを分解する酵母を分離することができ、同定した結果、全てが Pseudozyma antarctica であった。Pseudozyma 属酵母は植物常在菌として分離されているものが多く、保存菌株を調べると、ほとんど全ての Pseudozyma 属酵母が生プラを分解した。また、P. antarctica から、単独で生プラを分解する新規の酵素を精製・同定した。この酵素は、農業分野でよく使われる様々な生プラ(PBSA, PBS, PCL)を効率よく分解するだけでなく、通常常温では分解されないポリ乳酸も分解した。自然界から容易に分解菌を分離できるようになったため、今後分解力が高く使いやすい菌や酵素を選抜し、実用化を目指す。


マンノプロテイン放出変異酵母の単離と解析

田中 美和
アサヒビール(株)食品技術研究所

 酵母の細胞壁はグルカン、マンノプロテイン、キチンから成る。当社では以前に、ビール酵母細胞壁由来のαマンナンやβグルカンが、強い整腸作用や免疫賦活作用を有することを報告している。しかし、酵母量がビールの製造量に依存し、またマンナンの精製には何段階もの工程を要した。そこで我々は、マンナンを含むマンノプロテインを培養上清中に放出する変異酵母を用いて、培養醗酵法による生産を試みた。

 Saccharomyces cerevisiae YNN27 株にエチルメタンスルホネートで突然変異を誘発し、培地中に安定的に多量のマンノプロテインを放出する変異株 MTY-9 株を取得した。

 MTY-9 株は親株より生育が遅く、細胞は丸く大きな形態を示し、液体培地中では凝集性が認められた。また、細胞壁のマンナン量は親株より減少したが、グルカン量が増加した。続いて MTY-9 株の四胞子解析を行った結果、マンノプロテイン放出性は 1 遺伝子の変異によって支配されていることと、放出性は劣性変異であることが確認された。変異遺伝子を同定した結果、Glycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカー生合成に関与する Gpi10p の 498 番目のプロリン残基がロイシン残基へ置換されていた。GPI10 は酵母の生育において必須遺伝子であり、Gpi10p はアミノ酸 616 残基からコードされた膜貫通型タンパク質で、GPI 生合成においてタンパク質と結合するエタノールアミンリン酸の足場となる、3 つ目のマンノースを付加させるα1,2-マンノシルトランスフェラーゼと報告されている。

 MTY-9 株の放出するマンノプロテインを N 末端解析等により解析したところ、主要なタンパク質として GPI アンカー型タンパク質の Sed1p、Ccw12p が、また非 GPI アンカー型タンパク質の PIR タンパク質や Bgl2p も放出されていた。

 また、MTY-9 株に [3H]イノシトールを取り込ませて脂質解析を行ったところ、Gpi10p の酵素活性が低下した結果と思われる、M2 中間体が蓄積していた。このことから MTY-9 株は、GPI アンカー型タンパク質が、基質供給不足により正常に GPI に転移されず、細胞壁に留まることが出来ないために放出されると推察された。さらに、それが原因で細胞壁が弱くなったため、非 GPI アンカー型タンパク質も放出されたと考えられた。

 本変異をホモに持つ二倍体 AB9 株を用いて、実用培地で大量培養を行い、マンノプロテインの精製を行った。5 L ジャーファーメンターを用いて最適培養条件を検討後、10 kL ファーメンターにて培養を行い、培養上清を限外ろ過することで得た濃縮液を、噴霧乾燥しマンノプロテイン粉末を得た。

 得られたマンノプロテインの機能性を in vitro 及び in vivo で評価した結果、関節炎抑制作用及び化粧品素材機能としての紫外線障害緩和作用が確認された。

 酵母由来の新たな機能性素材を、gpi10 変異株を用いて製造できる可能性が示唆された。


RNA 結合タンパク質 Khd1p による mRNA 安定性と局所的翻訳の制御機構

入江賢児
筑波大学大学院人間総合科学研究科

 出芽酵母において、HO 遺伝子発現のリプレッサータンパク質 Ash1p をコードする mRNA は、細胞分裂のとき娘細胞の先端(Bud-tip)に局在し、そこで局所的に翻訳される。その結果、Ash1p は娘細胞にのみ局在し、これが母細胞と娘細胞の HO 遺伝子発現の非対称性を決定している。RNA 結合タンパク質 Khd1p はヒト hnRNP K の酵母オルソログで、ASH1 mRNA の局所的翻訳の制御因子である。すなわち、Khd1p は輸送中の ASH1 mRNA に結合しその翻訳を抑制し、ASH1 mRNA が Bud-tip に局在化すると Khd1p が解離し、ASH1 mRNA が Bud-tip で局所的に翻訳されると考えられている(Irie et al., 2002; Paquin et al., 2007)。私達は、Khd1 と共沈する mRNA のマイクロアレイ解析を行い、Khd1p がASH1 mRNA 以外の多数の mRNA に結合することを見出した。これらの Khd1p 標的 mRNA はコーディング領域内に (CNN)6 repeat をもち、細胞壁や細胞膜のタンパク質をコードする mRNA が多数含まれていた。Khd1p 標的 mRNA のうち、膜タンパク質をコードする MTL1 遺伝子の発現に対する Khd1p の作用を検討したところ、KHD1 overexpression 株ではMTL1 mRNA 量が上昇し、khd1Δ mutant では逆に減少した。次に、Khd1p が MTL1 mRNA 量を転写レベルで制御するのか、転写後の段階で制御するのかを検討した。MTL1 プロモーター活性は khd1Δ mutant で変化がなかった。一方、ヘテロな GAL1 プロモーターより発現した MTL1 mRNA は、 khd1Δ mutant でその mRNA 量が低下していた。すなわち、Khd1p は転写後の段階で MTL1 mRNA 量を調節することが示唆された。MTL1 mRNA の安定性を検討したところ、khd1Δ mutant では MTL1 mRNA の安定性が低下していた。以上の結果から、Khd1 はひとつの標的である ASH1 mRNA に対してはその翻訳を抑制することによりその発現をネガティブに調節し、別の標的である MTL1 mRNA に対しては mRNA を安定化することによりその発現をポジティブに調節することが明らかとなった(Hasegawa et al., 2008)。本研究会では、Khd1p による転写後調節の 2 つの機構とその生理的意義について紹介する。


細胞膜脂質非対称感知システムによるスフィンゴイド塩基トランスロカーゼ Rsb1 の発現誘導機構

木原章雄
北海道大学大学院薬学系研究科

 細胞膜脂質二重層の内層と外層の脂質組成は異なっており、脂質非対称と呼ばれる。グリセロリン脂質のうちホスファチジルコリンは外層に主に存在するのに対して、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトールは内層に多い。また、複合スフィンゴ脂質は外層に存在している。このような脂質非対称の維持・変化は膜電位形成、細胞膜の安定化、アポトーシス細胞のマクロファージによる認識、血液凝固反応、細胞分裂、タンパク質輸送などの様々な細胞機能に重要である。

 脂質の非対称はトランスロカーゼ(フリッパーゼ)と呼ばれる脂質のフリップ・フロップを触媒する酵素により維持されている。グリセロリン脂質のトランスロカーゼとして P タイプ ATP アーゼ(フリップを触媒)、ABC トランスポーター(フロップを触媒)のサブファミリーが同定されている。また、我々は以前スフィンゴ脂質骨格をなすスフィンゴイド塩基のトランスロカーゼ/トランスポーターとして Rsb1 を同定し、ATP 依存的にスフィンゴイド塩基をフロップさせることを見出した1

 我々はその後、トランスポゾンを用いた変異株の解析を通じて Rsb1 の発現がグリセロリン脂質の非対称変化により劇的に誘導されることを見出した2。このことは酵母には脂質非対称の変化を感知するセンサーと RSB1 mRNA 発現に至るシグナル伝達経路が存在することを示唆していた。そこで我々は脂質非対称変化による Rsb1 の発現誘導が損なわれた変異株のスクリーニングを行い、これらの因子の同定を試みた。その結果、プロテインキナーゼ Mck1、転写因子 Mot3、及びアルカリ応答因子 Rim101 経路の因子が脂質非対称シグナルに関わることを明らかにした3。Rim101 経路には、最上流にレセプターと考えられている Rim21、Dfg16 と最下流に Rim101 が存在するが、Rim101 経路のすべての因子の欠損株で Rsb1 発現誘導が損なわれていた。また、脂質非対称変化により Rim101 が活性化されていたことから Rim21/Dfg16 が脂質非対称変化を認識することが示唆された。これまで、Rim21/Dfg16 が何を認識しているのかは不明であるが、Rim101 を活性化させる 2 つの刺激(pH の上昇と脂質非対称変化)が共に膜電位を減少させるので、これらは膜電位(あるいは表面電荷)を認識している可能性がある。

1 Kihara, A. and Igarashi, Y. (2002) J. Biol. Chem., 277, 30048-54.

2 Kihara, A. and Igarashi, Y. (2004) Mol. Biol. Cell, 15, 4949-59.

3 Ikeda, M., Kihara, A., Denpoh, A., and Igarashi, Y. (2008) Mol. Biol. Cell, 19, 1922-31.


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