第 177 回例会講演要旨

病原真菌のアゾール系抗真菌薬耐性機構

田辺 公一
国立感染症研究所生物活性物質部

【背景】

 近年、臓器または骨髄移植患者や AIDS 患者を含む免疫不全患者において、難治性の深在性真菌症が増加している。しかし、抗真菌薬の種類は限定されており、加えて殺菌的効果をもつものが少ないため、より治療効果の高い抗真菌薬の開発が切望されている。

【研究内容】

1. 病原真菌 Candida albicans はヒトの消化管などに常在し、免疫不全患者において日和見感染(カンジダ症)を引き起こす。アゾール系抗真菌薬はカンジダ症の治療に効果的であるが、耐性菌の出現が治療を困難にする危険性がある。C. albicans の薬剤排出ポンプである ATP-binding cassette(ABC)タンパク質 CaCdr1p と CaCdr2p は、アゾール系抗真菌を排出し菌を耐性化することが明らかにされている。我々はこれらの ABC タンパク質の基質認識機構を明らかにし、新規抗真菌薬あるいは特異的阻害剤の開発に役立てることを目的とした。二つのタンパク質のドメインを交換したキメラタンパク質をデザインし、出芽酵母に発現させて機能解析を行い、基質認識にかかわるドメインの同定を試みた。

2. アゾール系抗真菌薬は生育に必須なエルゴステロール合成を阻害する。C. albicans と同様にカンジダ症の主要な起因菌である C. glabrata は、血清や胆汁からコレステロールを取り込んで、アゾール系抗真菌薬によるエルゴステロール合成阻害を回避する。我々は、C. glabrata の遺伝子破壊株を用いた実験によって、細胞外からステロールを取り込むと考えられるステロールトランスポーターが ABC タンパク質 CgAus1p であることを明らかにした。現在、C. glabrata と出芽酵母の AUS1 の機能比較とステロール輸送に関わる遺伝子の同定を行っている。


清酒醸造における酵母ミトコンドリアのさまざまな役割とその実用育種への応用

北垣 浩志
佐賀大学農学部生物環境科学科

 清酒などの醸造に使う酵母は、発酵と呼吸を使い分ける通性嫌気性微生物である。一方、清酒などの醸造は、発酵の環境に相当し、酸素を介した呼吸は起こらない。酸素呼吸にはミトコンドリアを使うため、清酒などの醸造時の酵母ミトコンドリアがどんな状態にあるのかは、醸造微生物学者の中でそもそも顧みられてこなかったと言える。

 しかし、最先端の生命科学におけるミトコンドリア研究の進展はすさまじく、世界中でさまざまな研究手法が整備されてきていた。

 私はさまざまな業務や研究を経験する中で、醸造技術者として、醸造微生物学者として、またミトコンドリアの研究者として、清酒醸造における酵母ミトコンドリアを解析したい、そしてその知見を元に新たな醸造技術を開発したい、という抑えがたい衝動に駆られた。

 本研究会では、これまでに進めてきた、清酒醸造における酵母ミトコンドリアの解析結果と、ミトコンドリアにおけるさまざまなイベントが清酒醸造でどのような役割を持っているかについての知見、及びそれらの知見を実用醸造技術の開発に応用した例についてお話ししたい。


L-乳酸高生産性酵母 Candida utilis の分子育種

生嶋 茂仁
キリンホールディングス(株)フロンティア技術研究所

 地球温暖化が急速に進み、低酸素社会の実現へ向けた化石資源を使用しない効率的な炭素の循環が切望される近年、主として L-乳酸をポリマー化させて作られるポリ乳酸は、我々の生活に欠かせないプラスチックの原料になる化合物として注目されている。そこで我々は増殖力や発酵力が非常に優れ、調味料生産などにも利用されているトルラ酵母 Candida utilis に着目し、L-乳酸をグルコースから高効率で発酵生産する株の育種を試みた。我々はまず、トルラ酵母を宿主とした遺伝子組換え技術の洗練に取り組み、形質転換時の選択マーカー遺伝子を再利用できる Cre-loxP 系を本酵母に導入することによって、多重形質転換を行うことを可能にした(1,2)。次にピルビン酸脱炭酸酵素遺伝子 CuPDC1 を 4 重破壊により完全に欠損させ、L-乳酸の生産においては副産物であるエタノールをほとんど生産しない株を構築した。さらにウシ由来の L-乳酸脱水素酵素遺伝子 L-LDH を 2 コピー組込んだ。本菌株を約 100 g/L のグルコースを含む栄養培地で発酵させたところ、33 時間後にはほぼ全ての糖が消費され、99.9% を超える光学純度の L-乳酸が 95% 以上の収率で生産された(3)。本研究で得た成果は、植物バイオマス由来のポリ乳酸から成るプラスチックの普及への一助になると期待される。

〈参考文献〉

  1. Ikushima S, Minato T, Kondo K, Identification and application of novel autonomously replicating sequences (ARSs) for promoter-cloning and co-transformation in Candida utilis. Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 152-9 (2009).
  2. Ikushima S, Fujii T, Kobayashi O, Efficient gene disruption in the high-ploidy yeast Candida utilis using the Cre-loxP system. Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 879-84 (2009).
  3. Ikushima S, Fujii T, Kobayashi O, Yoshida S, Yoshida A, Genetic engineering of Candida utilis yeast for efficient production of L-lactic acid, Biosci. Biotechnol. Biochem., in press.

イメージング技術を用いたYptの時空間情報解析

黒川 量雄
理化学研究所 中野生体膜研究室

 出芽酵母は、細胞(母細胞)のある決まった場所から、新たな細胞(娘細胞)が形成されるため細胞の極性を研究するモデルとして非常に有用な生物です。細胞が極性を持つ際には、タンパク質の輸送や細胞骨格の形成、オルガネラ分配等種々の重要な細胞システムに極性が生じることから、これらの細胞システムは、空間的にも時間的にも高度に制御される必要があります。なかでもタンパク質の輸送は、形成された輸送小胞に運ばれるべきタンパク質分子が認識され、選別され、取り込まれ、次に目的の場所まで運搬され、そして膜に融合するという多段階の制御が必要な機構であり、これらを空間的、時間的に理解するためには、顕微鏡や蛍光タンパク質を利用したイメージング技術が不可欠であります。

 このタンパク質輸送において重要な機能を担う制御因子が酵母の低分子量 GTPase, Ypt GTPase です。低分子量 GTPase は、GTP と結合した活性化状態と、GDP と結合した不活性化状態をサイクルすることでスイッチ分子として機能する細胞内情報伝達における中心的なタンパク質です。したがって、活性化した Ypt GTPase がタンパク質輸送の際に「いつ(時間)、どこで(空間)」標的となる分子と相互作用するのかを明かにすることがタンパク質輸送を理解するために必須であります。本研究では、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)などのイメージング技術を駆使することで、生きた酵母細胞内の Ypt GTPase とその標的分子の相互作用などを可視化することで、Ypt GTPase の機能に迫りました。

 出芽酵母の Ypt GTPase, Ypt31p/32p は、トランスゴルジネットワーク及びエンドソームで働くことが示唆されている分子であり、分泌小胞で働く Ypt ファミリー Sec4p の活性化因子である Sec2p と相互作用することが知られています。はじめに蛍光タンパク質との複合体を作製して、Ypt31p と Sec2p の細胞内局在を同時に解析しました。その結果 Ypt31p と Sec2p は出芽開始時には芽全体で共局在し、娘細胞が成長すると、芽の先端と娘細胞母細胞間ネックのドット上で共局在しますが、娘細胞内や母細胞内では、別々のドットに局在することが明らかになりました。次に FRET イメージングによりこれらの複合体の形成を調べた結果、出芽開始の芽全体や成長した娘細胞の先端部の広い領域で Ypt31p と Sec2p の共局在が観察されるにもかかわらず、両者の複合体形成は先端の一部でしか起きないことが判明しました。次に Ypt31p/Ypt32p 機能を欠損した細胞を用いて Sec4p の局在を解析したところ、Sec4p は娘細胞輸送されるにも関わらず、芽の先端へ集積できないことが明らかになりました。さらに、FRET イメージングにより Sec4p/Sec2p 複合体を可視化したところ、Sec4p/Sec2p 複合体の娘細胞先端への集積は阻害されていました。以上の結果、Ypt31p/32p は分泌小胞の細胞膜近傍への集積に関与していることが示唆されました。


グルコース飢餓に応答して出現する長鎖ノンコーディング RNA の役割

○太田邦史1、廣田耕志1,2、三好知一郎1、久郷和人1
1東京大学大学院総合文化研究科、2京都大学大学院医学系研究科室

 網羅的トランスクリプトーム解析から、ゲノム情報の大半が、タンパク質をコードしていない転写物(ノンコーディング RNA、ncRNA)として転写されていることが示された。ノンコーディング RNA は、分化や発生に応じて転写制御を受け、遺伝子発現における役割が示唆されている。実際、低分子量の ncRNA は遺伝子発現の抑制に重要な役張りを果たしている。一方、mRNA 型の比較的長い ncRNA については、一部発現抑制に関わることが示されているが、その大半の機能は不明である。

 当研究室では、分裂酵母や出芽酵母の減数分裂における、クロマチン構造と DNA 組換えの関係を調べている。これまでに、減数分裂期組換えが頻発する組換えホットスポットに注目し、この領域で減数分裂時にクロマチン再編成が起こり、組換えが活性化することを示した。その過程で、分裂酵母組換えホットスポット配列に CREB/ATF 型転写因子が結合することで、クロマチン再編成やヒストンのアセチル化が誘発されることを明らかにした。興味深いことに、同様なクロマチン再編成の仕組みが、グルコース飢餓時における分裂酵母 fbp1 遺伝子(フルクトース-1,6-ビス脱リン酸酵素)の転写プロモーター領域にも認められ、fbp1 遺伝子の活性化に関与することが分かった。fbp1 遺伝子は、グルコース存在下ではほとんど転写されないが、グルコース飢餓 1 時間ほどで顕著に活性化される。

 今回、グルコース飢餓状態に移行する際、正規の fbp1 遺伝子プロモーターの上流域から微量の長鎖 ncRNA が転写されていることを見出した。興味深いことに、fbp1 遺伝子の活性化がはじまると、転写開始部位が fbp1 コード領域に近接したいくつかの転写開始点に順次移行し、RNA 量の増大に相反して、長さが段階的に短縮していった。これに呼応するように、fbp1 プロモーター領域のクロマチン構造が徐々に開いた状態に移行していくことも示された。グルコース飢餓から 1 時間ほどすると、正規の fbp1 転写開始点から大量の mRNA が合成され、タンパク質への翻訳が始まった。この時期には、クロマチン構造が fbp1 領域全域でヌクレアーゼ超感受性を示すようになった。転写ターミネーターを挿入して ncRNA の合成を中断すると、その部位でクロマチン再編成も中断された。また、ncRNA の合成と、C2H2Zn フィンガー転写活性化タンパク質のクロマチンへの結合が連動することが示された。さらに、同様な ncRNA を発現すると思われる他の候補遺伝子座が、ゲノムタイリングアレイを用いた高解像度網羅的転写解析から明らかになった。上記の結果から、RNA ポリメラーゼ II による ncRNA の合成と共役して、順次段階的に fbp1 プロモーター領域のクロマチン構造が弛緩され、大規模な転写の活性化と遺伝子産物の合成が起こるという新しい遺伝子制御機構が示された。(Hirota et al., Nature 456: 130-134, 2008)


第 177 回のページに戻る